経済産業省|METI

越境学習による
VUCA時代の企業人材育成

経済産業省「未来の教室」事業
社会課題の現場への越境プログラム



有識者インタビュー





越境することで固定観念を見直す

近年、着目されるようになってきた「越境学習」。

なぜ今、越境学習が必要とされてきているのか。越境学習することによってどのような変化がもたらされるのか。また、当事者が越境による学びを最大化させるためのポイントは何かーー。長年、企業人の越境学習について研究されてきた法政大学大学院政策創造研究科 教授の石山恒貴氏に話を聞いた。


法政大学大学院
政策創造研究科
石山 恒貴 教授

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、日本電気(NEC)、GE(ゼネラルエレクトリック)、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社執行役員人事総務部長を経て、現職。


激動の時代に注目されはじめた越境学習

――近年、越境学習が着目されてきた背景について石山先生はどのようにお考えでしょうか。

石山 かつては企業内の学び、とくにOJTに重点が置かれていました。一つの領域における専門性を深堀りしていくことが日本企業の強みとされてきて、あまり越境ということは言われてこなかったんです。

ですが今、越境が着目されてきている背景には、いくつかの要因があると思います。2011年の東日本大震災も一つの大きな転機になっていて、多くの人が「自分の人生は何のためにあるのか」といったことを考えるようになりました。そこから社会とのつながりを持ちつつ生きていきたいと思う人が増え、それが会社だけにとらわれない越境の考え方ともつながっているのだと思います。

また、終身雇用だけが一般的なキャリアとは言えず、環境変化も激しくなりました。その中で、たしかに専門性は重要ですが、越境して外の世界をみること、領域横断的に学ぶことの価値が見直されてきたのかなと。変化に適応していくためには、自分の専門性を客観視し、「わかったつもり」から抜け出す機会も必要でしょう。

新たなモノの見え方ができるようになる

――越境することでどのような変化を起こすことができるのでしょうか。

石山 越境して恥ずかしい思いをしたり、苦しい思いをしたりする「混乱するジレンマ」(ジャック・メジローの変容的学習の用語)に直面することでリフレクションが起こります。

越境とは、自分が慣れ親しんだ「ホーム」と、そこから離れた「アウェイ」を行き来すること。同じ社内にいると、暗黙の了解で、お互いに何をしたいのか分かることも多いですよね。ですが、越境先ではその「当たり前」、つまり社内では良いとされていたことやその企業らしさも、通用しないかもしれません。

そこでアイデンティティの見直しが起こります。これは今までのアイデンティティを否定することではなくて、あくまでも見直すことで、アイデンティティが多元化していくということです。ショックを乗り越えていくことで、自分は「なんで存在しているんだろう」という、引き出しが増えていくんです。

最初はアウェイにいくと違和感を抱くのですが、今度はホームに戻ったときに違和感を抱く。これは、自分の中の多元化したアイデンティティの摩擦が起きているということです。

こうした摩擦を経て、今までと同じ場所にいても、新しいモノの見方ができるようになり、新たな気づきが生まれます。それが固定観念の打破につながり、自らの世界観の変化にもつながっていきます。

――越境によって大きな学びを得るためのポイントはどのような点にありますか。

石山 ヒアリングなどをしていて、逆に学びを得づらいパターンについての仮説があります。それは、自分のアイデンティティを変えないまま、越境先からスキルや情報など「目の前の利益」をとってこようとすると、学びが小さくなるのではないか、という仮説です。

つまり、学びを得るためには、自分が属する組織におけるアイデンティティをいったん脇に置いておいて、「どうしたら越境先で貢献できるのか」を本気で考えることがポイントだと思います。

たとえば、社会課題の現場に飛び込んだときには、越境元の会社の利益というものをいったん保留して、社会のために、その現場の課題解決のために何ができるかを考えるようになっていくのではないでしょうか。越境元の会社と、社会課題の現場では、そこで経験する組織の存在意義が異なります。この違いによって、企業の人にとっては、社会課題の現場は越境体験としての振れ幅が大きく、価値があるといえるでしょう。

逆に言えば、ソーシャルセクターの人は、企業のビジネスの現場に行ってみて、ビジネスとしての価値観に触れてみると、学びが得られるかもしれませんね。

また越境体験を経て、ホームに戻ってきたときに、社内外の越境経験のある人たちとつながることで、さらに越境の機会が増えていくでしょう。一度やって終わりではなく、そうした組織の内外でネットワークを拡大させていけば、個人としても越境体験を繰り返し、学び続けることができます。

経営者の多くは越境体験を経ている

――越境学習に関心のある人事担当者はどのようにして周囲を巻き込んでいくことができるでしょうか。

石山 越境体験を経て、自分の中に新しい軸ができている人の話を、直接経営者などに聞いてもらうことが効果的じゃないでしょうか。

経営者自身も越境体験と同様な体験をしていることが多いんです。たとえば、将来を嘱望されている社員が、M&Aなどの事業統合を担当する、経営危機に陥った企業の立て直しに送り込まれる、海外の現地法人を1から立ち上げるなど、難しい任務を任されることがあります。修羅場を経験することで、自分のアイデンティティや働き方を再度見つめ直し、さらに力をつけている。「越境学習は自分も体験したようなことだ」と、理解してくれる経営者も多いはずです。

何より、人事の方が越境するのが一番ですね。研修参加者と同じプログラムをやってみるのもいいですし、送り出した人事が当事者として体験してみるといいと思います。

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