経済産業省|METI

越境学習による
VUCA時代の企業人材育成

経済産業省「未来の教室」事業
社会課題の現場への越境プログラム



有識者インタビュー





「学習は手段にすぎない」
研修を導入するときに最も重視すべきこと

「この研修を通して、何を解決したいのか?」

こうした問いを投げかけたときに、研修後のありたい姿を描けていない企業がまだまだ多いと、立教大学経営学部教授の中原淳氏は指摘する。

「研修は言葉や手法が独り歩きしがち」と語る中原氏に、人事担当者が研修を導入する際に気をつけるべきこと、人事の果たす役割について聞いた。


立教大学 経営学部
中原 淳 教授

立教大学 経営学部 教授。立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。専門は人材開発論・組織開発論。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2017年-2019年まで立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム主査、2018年より立教大学教授(現職就任)。


異業種混合、地域課題に向き合う越境学習

――これまで中原さんが実施された「越境学習」にはどのようなものがありましたか。

中原 ヤフー株式会社からの依頼で、北海道上川郡美瑛町(以下、美瑛町)で地域課題の解決策を提案する研修を実施したことがあります。期によっても異なるのですが、ヤフー、アサヒビール、日本郵便、ヤマト運輸、マクロミル、パーソル、電通北海道、パナソニックさんの若手が参加する異業種研修です。

この研修では、次世代のリーダーを育成することが大きな目的でした。

そのために身につけてもらいたい力が大きく2つあって。一つは、多様なチームを率いて課題解決をする力です。

いま、多くの企業は、複数の企業を買収していますし、国内外問わず多様な人と協働していくことが求められます。なので、バックグラウンドが異なる人たちを巻き込んで課題解決していく力は必須です。

もう一つは、ビジネスを通して社会をどうしたいのか、どう変えたいのかということを語る力。経営者の視点から、社会を見直す力です。

日本のビジネスパーソンはそうした力が弱い。「自分のキャリアを通じて、あなたは社会にどんな貢献がしたいですか」と聞かれたらキョトンとしてしまう人が多いのではないでしょうか。

外資系企業のヘッドクオーターの人と話すと、日本からリーダー候補がたくさん来るけれども、「あなたは、ビジネスを通して社会にどんな貢献がしたいのですか?」と問われるとなかなか答えられないと言います。自分の肩書や職種しか話せないのです。少なくとも将来、経営者になる人はそうしたことが語れないと厳しい。

そこで研修では、ヤフーが研修施設を持っている美瑛町という非日常の土地に行き、大手企業5社と異業種混合チームを組んで社会課題解決に取り組んでもらいました。

一方で、たとえば同じ会社の同じ職種の人たちのチームワークを高めたいという場合は、わざわざ美瑛町まで行って異業種交流をしなくてもいい。

大事なのは、目的は何なのか、どんな変化を起こしたいかを考えることです。

越境するというのは、自分の慣れ親しんだ場所から離れて、違和感を感じる場所に行き、気づきを得ること。越境学習をどういう形態にするのか、どんな越境体験をしてもらうのかは目的次第なんです。越境学習をすること自体が目的になってしまうと長続きはしないと思います。

越境から戻ったあと現業につなげるには?

――研修で学んだことを現業につなげていくためのポイントは何でしょうか。

中原 一つは、自分の慣れ親しんだ環境の外に出て学ぶことで自分が何を得たいのか、何を変えたいのか、本人が明瞭な目的意識を持って外に出られるか。

これは、本人が自分で考えられればいいのですが、なかなか難しいので、上司が対話をして、どんな課題や弱みを乗り越えていくのか、何を目指して、何を持ちかえるのか一緒に言語化してあげることが大切です。

もう一つは、きちんとフォローアップしていくことです。数ヶ月に一回、研修での学びを仕事に活かせているのかといったリマインドをする仕組みはあったほうがいいでしょう。

人材開発全般に言えることですが、事前と事後がとても大事なんです。基本的に研修の最中などは非日常で高揚感がありますよね。それによって気づきがあったりするのでそれ自体は良いことだと思いますが、事前・事後の打ち込みをしっかりやらないと、「楽しいお祭りだったね」と、ガス抜きだけで終わってしまいます。

人事・組織課題はますます重要な経営課題に

――越境学習の評価のあり方・成果についてはどうお考えでしょうか。

中原 一口に「こんな効果が得られる」ということはありません。

その研修を導入した目的によって、評価の仕方も変わります。たとえば、多様な人たちを率いる能力が上がったのかという点については、研修の事後に上長が見て判断すればいい。

研修の事後にどんな光景を見たいのか。人事担当者がそれを解像度高く描けるほど、いい体験、いい評価が得られます。どんな評価が必要なのかは、目的とセットで設計しなければなりません。

――最後に人事担当者のみなさんにメッセージをお願いします。

中原 研修は、人事・組織課題を解決していくための手段です。それを用いて経営に、人と組織の観点から、インパクトを与えることが重要なのではないでしょうか。

一方で、マネジメントができないマネージャーがいたとして、研修も何も行わず、パワハラを繰り返し、部下が3人離職してしまえば、採用コストは相当な額になります。売上に直結しないので見えづらいかもしれませんが、組織の中の課題を解決していくことは、意外にも経済価値を生んでいるんです。

昔は人材が溢れていたので気にしない経営者も多かったかもしれませんが、この数年で、人手不足は深刻になり、採用は大きな課題になっています。人口減少社会において人手不足はますます深刻化していくので、人事課題を経営課題の上位に位置づける企業が増えてくるのは間違いないでしょう。そのぶん、人事部の果たす役割も大きくなっていきます。

やっぱり人事の仕事の面白さは、人と組織を通して経営や現場にインパクトを与えることだと思います。どんな職場にどんなインパクトを与えたいのか、目的をきっちり抑えることが最も大事なことです。

越境学習も同じです。流行だから「越境学習する」というのは、あまりよい結果を生まないでしょう。越境学習は「手段」です。越境することが「目的」ではありません。越境を通じて、どのようなインパクトを経営にもたらしたいのか、をしっかりと考えておくことが重要です。

いまは新型コロナウイルスの感染拡大によって企業の行く先もどうなるか分かりません。未曾有の組織課題が出てきている中で、人事は、活動のしがいがある。心ゆくまで、知的に暴れてくださいませ!

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