2月27日(木)の突然の休校要請に始まり、この数ヶ月さまざまな判断を重ねながら、子ども達の学びを継続するために多くの教育関係者が力を尽くし続けています。
静岡県立掛川西高等学校では、4月下旬から時間割通りに授業動画を毎週100本ペースで配信し、生徒の学びを止めないための試みを行っています。静岡県立掛川西高等学校の吉川牧人 先生にお話を伺いました。
授業動画を時間割通りに全生徒に配信するということに最もこだわっています。
動画は、Google Classroomを活用し、1時間の授業についてエッセンスを10~15分に圧縮し、双方向ではなく、あえて非同期にすることで、生徒がもれなくスムーズに視聴できるようにしています。クラスごとに、もともとの時間割にしたがって、授業開始の5分前に動画を配信し、生徒が視聴できるようになります。1時間の授業は、動画視聴と、動画で指示された生徒の個人学習で構成されます。生徒は1日の授業を受講した後に、帰りのショートホームルームとして、その日の学びに対するアンケートに回答することになります。「動画内の板書が見にくい」などの様々な反応をその日のうちにフィードバックしてもらうことで、生徒の理解度を把握し、教師からの一方方向の授業を改善することに役立てています。
オンライン上の授業配信でも生徒の目線を大切にし、普段の授業に近づけるように努力すること、技術的なレベルは「ミニマムスタンダードでいいから全科目でやっていく」ことを、初期の段階から校長自ら教員に呼びかけました。
授業動画作成については、スタートの段階で職員研修を行いました。「顔は出さなくてもいい」「手元でプリントに書き込んでもいいし、黒板を撮影してもいい」とICT推進委員会メンバーの教員が事例をプレゼンして、不安な教員に安心感を持ってもらいました。動画には、スケッチブックを使う教員もいますし、黒板を使う方もいます。
また、例えば、私は、2年生4クラスの世界史Bを別の先生と分担して教えていますが、授業動画は4クラス分を、その先生と相談しつつ最終的には私が作成しています。これまで取り組んだ経験のない授業動画の作成には時間がかかります。他の教科・科目においても、こうした連携をして時間を生み出しています。
当該学年を担当する複数の教員が相談して動画配信を作成することによって、個業ではなく協働作業が生まれました。内容、手法など、すり合わせをしながら授業が作られるようになり、結果として授業改善研修が行われていると言えます。また、1人が撮影、1人が授業というふうに一緒に動画を作ることが多くなるので、特に若い教員にとっては、ベテラン教員の授業を学ぶ機会になっています。
また、生徒のアンケート結果は、どの授業のアンケートもすべての教員が見ることができるため、他の教員の授業に対する生徒評価を気にする教員も多くなります。生徒のアンケートに「○○先生の授業がよかったです」と書かれているのを見つけると、その教員の授業動画を見ようとする教員が出てきます。生徒は自分のクラスの動画しか視聴できませんが、教員はすべての動画を見ることができるしくみですので、これまで他教科の授業を見ることはなかった教員も、授業動画であれば気遣いすることなく見られるわけです。
生徒からのアンケートでは、「先生の顔を出してほしい」という意見が多いです。特に1年生は教科担任の顔もはっきりわからないうちに臨時休業に入ってしまっているので、先生のパーソナリティを知りたいのだと思います。そういう生徒の感想を踏まえ、顔出しをしたり、雑談を入れたり、といった教員側のムーブメントも生まれました。
授業配信で使っているG Suiteのアイコンも、生徒から「さみしいので、自分の顔にしました」というように、この動画配信のシステムを楽しんでいる動きも出てきました。アイコンを自分たちで作っている生徒たちもいます。オンラインでの繋がりを求めているひとつの表れだと思います。
レクタの技術はすごいです。あんなに上手く編集されるとは思ってませんでした。黒板の両端まで入った状態で撮影した動画を読み込ませるだけで、アプリが先生を追尾してフォーカス&カメラワークを自動で行ってくれます。板書を使う動画を作成している教科では、かなり使えると思います。
▼吉川先生のnote
「地方公立高校の休校対策 VOL.6 動画配信にLecta(レクタ)を使ってみた!」
https://note.com/hokori_to_kansya/n/n80b3637155a9
▼Lecta(レクタ)の期間限定無料は本サイトでも取り上げました。
https://www.learning-innovation.go.jp/covid_19/splyza/
掛川西高校は、先進的にICTを使っている教員の多い学校です。AppleもGoogleも2~3年前から使っていました。でも、今回はミニマムスタンダードに合わせてやっています。
派手なことはしていないが、しっかり授業を受けられる、動画授業を指針にして生徒が主体的に学習をすすめることを大切にしています。200~300MBくらいの授業動画なら、スマホでも見られるだろうと考えました。生徒の約40%は、パソコンではなく、スマホで視聴します。データ通信量を50GBまで増やしていても、そのすべてを学校の授業のために使ってもらう、ということにならないようにしました。そのためのミニマムスタンダードです。
授業を10分程度圧縮しても、余談や板書時間、生徒の解答を待つ時間は省けますので、意外とスピーディーに早く進むものです。授業進度は、昨年の授業とさほど変わらず、シラバスと大きなズレはなく進められています。しかし、一方で、「先生の説明だけを聞いていることでわかった気になってしまっているのではないか?」という心配が、生徒のアンケートに散見されます。
授業動画配信による学習事項の定着度を確認し、動画授業の改善に資する目的で、5月第3週の登校日を利用して、動画授業による学習内容と課題による学習内容を合わせた範囲で、中間テストを実施しました。「3密」にならないよう、1クラスの生徒を2教室に分割して受験させました。現在、採点を行っているところですが、5月25日から授業再開となったことから、中間テスト結果は再開後の授業に生かしていくこととなります。
保護者や生徒の反応は、「学校との関わりができることがうれしい」と好意的です。動画配信初日、時間割通りに授業動画が配信されてくるということで、生徒だけでなく家族の方も固唾をのんで待ち構えていて、家族全員で「来た!」となったそうです。そもそも「本当にそんなことができるのか?」と思っていた家庭もあったようで、感動したというコメントも聞きました。繋がりが求められていたんだ、と感じました。
また、「学びを止めない」「新しい学びを進める」という思いを、これほどまでに学校・家庭・生徒を共有できたことは、予想以上の収穫でした。
生徒の立場に立って、いかにきちんと安心感と学びを保障するのか、学びを継続していくかが大事だと思います。カリキュラム・マネジメントや学校経営目標など、スタート地点とゴール地点、その間の道程にあった授業マネジメントが重要になると思っています。どんな形であろうと、各学校で大事にしてきた部分を生かした授業づくり、仕組みづくりをしていかなくてはいけないと思います。
生徒の不安を減らすためには、アンケートや気になる生徒への電話連絡なども大事だと思います。学校はこうした機能も担っていたのだな、というのが改めてわかった数ヶ月でした。ただ、コミュニティとしての学校の機能は、授業動画だけでは満たせません。
掛川西高校は100点を狙っていません。80点くらいを狙っています。一部の先生がすごい授業をしている、というのではなく、すべての教員がすべての生徒たちにとってこういうことをしていますよ、と示すことができるようにしています。ミニマムスタンダードで、半歩でも一歩でも進めていくことが大事だと思います。
執筆者:為田裕行(ためだひろゆき)
フューチャーインスティテュート株式会社 代表取締役、教育ICTリサーチ(https://blog.ict-in-education.jp)主宰。学校向けの教育コンサルテーション、教育テレビ番組や教材、サービスなどの教育監修を行っている。一般社団法人ICT CONNECT 21( https://ictconnect21.jp/ )にてEdTech推進SWGサブリーダーを務める。