令和2年3月上旬から各学校で実施された、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に伴う一斉臨時休業では、修了式や卒業式などの行事の開催や学習活動の継続を諦めない、様々な工夫が試みられました。様々なリスクや家庭状況などを心配しオンライン等の取り組みに慎重になる自治体もある中、学校の主体的な取り組みを積極的にサポートしている自治体も存在します。柏市教育委員会の教育研究専門アドバイザーである西田光昭先生に、学校のサポートの在り方や今後についてお話を伺いました。
全国一斉臨時休業となった3月上旬、「卒業式」に保護者が参加できない状況に対応するために、新たなツールの活用が必要になりました。
柏市では感染拡大防止の観点から「卒業式には教職員と児童生徒のみが参加」という方針が示されていたのですが、「保護者にもその様子を伝えたい」と考えた複数の学校から「卒業式の様子を録画し、DVDで配布したい」「ライブ配信したい」という相談が寄せられました。教育委員会として、こうした想いに応えるために必要なことを整理し、様々なサポートを行いました。例えば、YouTubeで動画を配信しようとする場合、各学校にその経験があるわけではありません。YouTubeアカウントの作成方法や動画のアプロード、公開範囲の設定などについて、教育委員会から情報を提供しました。同時に著作権に関して配慮すべき内容なども伝え、適切に配信・視聴できるようにサポートしました。結果的に10校以上の学校が卒業式のライブ配信などを行いました。
休業期間中の子どもたちに家庭学習用の課題を配ることも必要になりました。どの学校でも印刷物の配布が始まりました。先生が各家庭にポスティングしたり、児童生徒が学校に受け取りに来るなど、各学校で対応されていました。その後PDFファイルなどのデータで配布する学校も出てきました。
学校ホームページで「保護者だけがアクセスできる領域(パスワードで保護)」を設定し、ワークシートのデータを閲覧・ダウンロードできるような仕組みを持っていました。これが有効利用されました。保護者への通知は、以前から活用している「メール配信システム」を利用しています。学校ホームページを利用した課題の配布は、全ての学校で取り組むことができました。
日頃から活用され、操作方法などのサポートやメンテナンスを行ってきたICTツールであれば、緊急時でも対応しやすいと思います。
4月以降も臨時休業が延長されることが決まった時点で、各教科の最初の単元の学習動画を、教育委員会が作成して配信することにしました。配信するツールは、子どもたちが家庭で見ることを想定し、YouTubeを選択しています。スマートフォンやゲーム機、最近ではテレビでの視聴なども可能で、視聴する機会が得やすいと考えました。
教育委員会の指導主事が中心となって授業動画を作成していきましたが、地域の方も撮影や編集のボランティアとして手伝ってくださいました。
その後、この取り組みは各学校に広がり、市内の約2/3の学校がYouTubeのアカウントを取得し、動画を配信しています。
各学校で作成された動画教材は、できる限り市内で共有をお願いしています。もちろん「著作権」の取り扱いに問題がないことが前提です。学習動画の作成と配信に伴い、教科書会社等の著作権管理者へ教育委員会が使用許諾をとったケースもありますし、改正著作権法などの変化にも対応しながら、学校の取り組みをサポートしています。
各家庭のICT環境についてWeb調査を実施しました。その結果、児童生徒が最も利用しやすい部分は「動画の視聴」、難しい部分は「教材などの印刷」という結果でした。また、「Webミーティング」にも課題があることが分かりました。その背景には、Wi-Fiなどの家庭のインターネット環境の問題もあれば、テレワークとなった保護者とPCやスマートフォン等の情報端末を共用できない状況があることも分かりました。
これらを改善するために、教育委員会としてモバイルWi-Fiルータを用意し、必要な家庭に貸し出しました。学校等で利用していた約900台のiPadから800台を貸し出すことで「家庭にWi-Fiがあっても情報端末がない」という課題に対応しました。環境が整ったことで、学校からの学習動画の配信が広がったと思います。
柏市教育委員会では、以前から「IT教育アドバイザー」(所謂、ICT支援員に相当)による教職員向けのサポートページを通して、様々な情報を発信してきました。今回の臨時休業期間には、経済産業省「学びを止めない未来の教室」のトップサイトや、掲載された教育サービスなどについて発信しました。それを見た学校が申し込みを行い利用したケースもあります。その他にも、文部科学省のサイトやNHK for Schoolなど、家庭でもすぐに視聴できる学習コンテンツなどを紹介しています。
各学校では、職員会議などのオンライン化の要望も出てきました。例えば、MicrosoftのTeamsを利用すると、チームでの情報共有やテレビ会議、遠隔授業などが可能になります。Teamsを利用した職員会議や保護者面談での利用方法(先生向け・保護者向け)、さらには朝礼や集会での利用や複数教室に向けた配信方法など、様々な場面に合わせた資料を発信しています。ツールについても、Microsoft 365以外に、G Suite for EducationやZoomなど、用途に合わせて柔軟に対応できるように準備しています。
タイムリーで有効な情報を発信することで、先進的な取り組みを進めたい学校や、実情に応じて取り組もうとする学校をサポートしています。
新型コロナウイルスの感染が終息するまでは、オンライン環境の活用は続くと思われます。同時に、児童生徒が1人1台の学習者用コンピュータを活用した新しい学び「GIGAスクール構想」も展開されます。こうした大規模な変革が必要な時には、教育委員会だけではなく行政側の関係部署との連携や体制の充実が重要になると思います。
幸い、柏市では市長のリーダーシップの下、行政部署から教育委員会への人員配置がありました。教育委員会でも、情報系の指導主事が増員されています。特に、GIGAスクール構想の環境の活用と新学習指導要領に対応した授業づくりに力を入れています。
大きな予算が必要となるICT環境整備では、モデル校での実証も進めています。
経済産業省の「未来の教室」実証事業で千代田区立麹町中学校で採用され成果を上げた数学のAI型教材「Qubena」なども活用し、様々な立場のメンバーで効果を検証しながら、市内の導入を検討しています。
新型コロナなど、逼迫する課題の対応に迫られている学校現場では、新たな変革を受け入れる体制が十分とは言えません。しかしながら、学びを止めないためにも、子どもたちに必要な資質・能力を身につけるためにも、テクノロジーの導入・活用を進めなければなりません。教育委員会の体制を増強することで、学校の課題解決や新たな取り組を、さらにサポートしていきたいと考えています。
執筆者:田中康平(たなかこうへい)
株式会社NEL&M代表取締役。ICTスクールNEL校長。教育ICTのコンサルティングや1人1台のコンピュータを活用した学習カリキュラムの開発などを行なっている。教育情報化コーディネータ1級。
※取材させていただいた西田光昭先生と、執筆者の田中康平氏は、2018年、2019年度と2年にわたり、一般社団法人ICT CONNECT 21(https://ictconnect21.jp/)の推薦により、千代田区立麹町中学校における「未来の教室」実証事業の教育コーチとして、教育的観点からの支援を続けていただきました。息の合った両名のやり取りで、今回は素晴らしい取材記事が生まれました。
「未来の教室」実証事業は2020年度も続き、本年も「教育コーチ」の活躍が期待されています。