2020年11月4日に、Edvation Summit 2020 Online内で、経済産業省教育産業室が進める「未来の教室」プロジェクトの中間報告会が開催されました。
セッション1「個別最適化」とセッション2「学びのSTEAM化」に分けて、本年度事業における取り組みが紹介されました。
セッション1「個別最適化」では、瀬戸昌宣さん(NPO法人SOMA 代表理事)、畑田康二郎さん(株式会社デジタルハーツホールディングス CEO室長)、福本理恵さん(株式会社SPACE 最高情熱責任者)が、実証事業についてそれぞれ中間報告を行いました。また、奥地圭子 先生(NPO法人東京シューレ・理事長)、苫野一徳 先生(熊本大学教育学部・准教授)が登壇し、それぞれの報告についてのコメントをされました。
セッションの最初に、経済産業省教育産業室の浅野大介 室長から、「未来の教室」プロジェクトが目指すこれからの学び方は、ひとつひとつの実践が「一般福祉」を促進するものであるとコメントがされました。画一、一斉ではなく、ひとりひとりの子どもたちの福祉を促進するために以下の2つの見取りの観点も挙げられました。
1.子どもたちがゆくゆく「生きたいように生きられる」ことにつながっているか?
2.「自由の相互承認」の感度を十分に育むものになっているか?
この2つの観点への視点を持ちつつ、今年の事業についての報告内容をまとめていきます。
NPO法人SOMAは、実証事業として「幼小中統合型 個別最適・自立学習環境 i.Dare(イデア)」を行っています。
瀬戸さんは、「質の高い教育とは、“発達の仕方が違うひとりひとりが自己選択を重ねて作り上げていく自らの発育環境”だ」と言います。公教育だけでなく、家庭教育や私塾なども含めた教育一般で人の育ちを支えるために、学校教育と公教育、学校教育と私教育の架け橋となる事業としてi.Dareを展開しています。
i.Dareは「ひとりひとりの育ちを、ひとりひとりのベストタイミングで」「人が育つ環境づくりを支える」ことを目指し、週3日のオンラインプログラム(3週間)と、集まって行うオフラインキャラバン(1週間)を積み重ねていく、オンラインとオフラインのハイブリッドで行われているエデュケーションハブです。
オンラインでの活動は、自分の頭で考えることを求める環境をさまざまな形で提供しています。オンラインで一緒に学ぶだけでなく各自が学びたいときに学べるように、EdTechを使って学べるようにもなっています。また、体を動かすプログラムもあります。オフラインキャラバンでは、3食自分で用意するなど衣食住を自ら整え、余白を生み出し、計画を実行していく活動をします。また、社会教育施設なども利用して教育活動を行っています。
オンラインでつながっていないときには、保護者、家、地域社会が環境になるので、保護者と一緒に学びの場を作っていくために、2週間に1回異質と出会うイベントを用意しています。また、毎週オンライン保護者会を行い、保護者と場を紡ぐことも行っています。
i.Dareだけですべてを網羅できるわけではありませんが、学校教育と公教育、さらに学校教育と私教育の架け橋となって、ひとりひとりが自分にあった形の発育環境を手に入れるためのに、教育一般へ個人個人がアクセスするためのハブとなっている、と瀬戸さんは言います。
i.Dareはオンライン活動をしているので、東北から沖縄まで日本全国から約20名の参加者がいるそうです。学年も小学校2年生から中学校3年生まで混在しています。それぞれの参加者の学び方も多様で、ホームスクーリング、ハイブリッドスクーリング、アンスクーリングなど、ひとりひとりにあった形で参加しているそうです。
瀬戸さんのプレゼンテーションの後に、苫野先生から、「参加されているのは約20名とのことですが、SOMAのある高知県土佐町の子とオンラインの子の比率はどれくらいですか?」と質問がありました。瀬戸さんからは、「構成でいうと、土佐町からは2名だけ。あとは他地域からのオンライン参加です」と答えがありました。
参加している子どもたちのニーズとしては「自分で決めたい」ということだと瀬戸さんは言います。i.Dareの場では、子どもたちに「あなたは、何をしたい?」という問いを発し続けるそうです。子どもたちは、この問いと向き合い続けます。そうして、すべてを自分で決める状況になったら、「自分で決めるのはこんなに大変なのか」「自由とは大変だ」ということに気づくそうです。自分で決めることが大変で、学校とi.Dareを行ったり来たりする子もいるそうですが、それも「自分にとっての“心地よい”をみんな探している」ことで、それが「私は何者なのか」につながると瀬戸さんは言います。
株式会社SPACEは、福山市立城東中学校と株式会社学研プラスと共に、「オンライン探究プログラム実証事業」に取り組んでいます。
株式会社SPACEを立ち上げた背景には、福本さんがこれまで6年間関わってきた、「異才発掘プロジェクトRocket」でのプロジェクトリーダーとしての経験があります。Rocketは、志ある、特異な才能がある子のやりたいことを応援して、彼らがやりたいことを仕事にしていくのを応援するプロジェクトです。Rocketでの活動を通じて、福本さんは好きなことを持っている子どもたちの強さと行動力を知り、それを止めない仕組みが教育には必要だと感じたと言います。
今回のオンライン探究プログラム「space Q」は、オンラインで子どもたちがいろいろな学びに出会う機会を作っています。space Qでの探究の過程は、STEP1からSTEP5まで用意されています。
STEP1では動画をどんどん見ていきます。全部で500種類以上ある動画コンテンツを好きな順番で見て、自律的な探求ができるようになっています。動画は2~3分のもので、どんどん続きを見ていけます。見ていくと教科につながるものもあり、探究から教科へもシームレスに繋がっていきます。space Qでは学びのオーナーシップは子どもたちがもっています。子どもの志向性、興味関心の志向性は子どもによってそれぞれです。1つの分野を掘り下げていく子、いろんな分野を徘徊していく子、特性と動画視聴の傾向が見えてくると、どのくらいの頻度でどんな内容だったら探究が進むのか、個別最適化の中身の提供の仕方も変わっていくという提案にも繋がると福本さんは言います。
STEP2では、動画コンテンツを見て、会いたいと思った人に会えるオンラインライブプログラムを行っています。動画で見て、その後でオンラインライブでやりたいことを選べるようになっています。STEAMのそれぞれにあうテーマを集めていて、例えばサイエンス(生物編)では届いた教材を解剖しながら探究をしたり、アーツ(鉱物編)では、届いた鉱物から絵の具を作ったりします。そこからオンラインでつながって議論へと発展することもあります。
自分でやってみてはじめて、探究のシミュレーションから、自分で疑問がわいてきます。そこではじめて、探究が自律的に動き出すサイクルに入ります。動画から入り、探究のシミュレーションをした生徒たちが、どこまで深めていくのかということが実証できれば、と福本さんは言います。
実証の対象である、福山市立城東中学校は、不登校の子どもたちの居場所を作っている学校です。なかなか学校に来られない子たちが、ハードルを超えていけるのがオンラインの良さだと福本さんは言います。動画コンテンツのなかで他の誰にも見られていないかもしれないけれど楽しいと思える種に出会えるかもしれないし、そこから仕事につながったり、教室へ戻れたり、ということも期待しているそうです。
福本さんのプレゼンテーションの後に、奥地先生から、「放っておいても個々にどんどんやったり探究したりという話でしたが、子どもたち同士の関係はどうですか?関わりの変化などはありますか?」と質問がありました。
福本さんは、城東中学校の子どもたちと広島大学の学生とで、共有している興味から学びに発展していくよう関係性を醸成しているところだという回答がありました。共有している興味を何でも学びとして捉える雰囲気が生まれてくるなかで、「ここでは何でも学びになる」というふうに子どもたちも捉え始めてきているそうです。
最後に苫野先生から、「“学びの個別最適化”と一言だけ聞くと、あらかじめ学ぶべきことがあって、それをいかに効率的に学ぶかというふうに思えるが、探究やプロジェクトもそれぞれの興味関心に応じてそれをしっかり学んでいくということを理解する必要があります。“学びの個別最適化”は単に孤立した学びではなく、緩やかな共同体に支えられながら、自分の関心にドライブされながら探究をしていく、そうした学びの環境を作ろうとしているのだということを理解しておく必要があります」とコメントがされました。
株式会社デジタルハーツホールディングスは、「エシカルハッカー育成講座」を行っています。
畑田さんは、「たとえ能力に凸凹があっても、いいところを活かせば活躍できる人はたくさんいます。そうした人が社会に入っていく仕組みがないのが問題です。能力に凸凹があってもいい仕事をできる人が社会に入るために、就労の個別最適化があって、そのための学びの個別化があって、そこを行ったり来たりするようにしたい」と言います。
デジタルハーツには、すでにそうした人材がたくさんいます。発売前のゲームのチェック=デバッグに活躍する若者たちのなかには、ひたすら壁に当たり続けてすり抜けてしまうところがないか、8時間通してチェックし続ける人がいるそうです。そうした人たちがゲームの品質を保っています。こうして活躍している人材がすでにいる、というのが出発点だと畑田さんは言います。
ゲーマーはゲームの世界を飛び出して、「現実世界のサイバーセキュリティに必要なスキルを備えている」と世界で言われています。サイバー犯罪を防ぐためには、いろんなシステムの不具合を先回りして探していけば、どこを守ればいいのかがわかります。
そうしたことは、学校の教科書的に固定観念がある人材ではなくて、「他の人と違うところをやってみよう」という、学校では活躍できないけどゲームやらせると世界ランクに入るというような人のほうが向いています。ハッカーになりたい人を集めて研修をして、100人以上がサイバーセキュリティの分野へ進んでいます。そうした実態を見ているので、子どもたちに提供できないか、というのがエシカルハッカー育成講座の出発点となっています。
エシカルハッカー育成講座は、広域通信制高校(明蓬館高校(SNEC)と鹿島朝日高校)を対象に実施していて、それぞれ20人くらいが全3回のフルオンライン授業を受講しています。「エシカルハッカーを知る」「エシカルハッカーに学ぶ」「エシカルハッカーを体験する」ということを行い、用意した環境のなかで、パスワードクラッキングなどハッカー的行為を遊んでもらって、興味をもって自発的な学びがどれくらい誘発されるかを見ています。
畑田さんが、実証事業の肝だと言うのは、評価のところです。「こういうふうにハッキングできます」と技術を教えるのは簡単ですが、それよりも倫理観や正義感を身につけさせなければいけないと言う畑田さんは、「同期感をもてば違うのではないか」という仮説をもっているそうです。全国の参加者にフルオンラインの授業をするときに、この同期感を持ってもらえるようにしたいと思っているそうです。
畑田さんのプレゼンテーションの後に、奥地先生から、「ゲームがなければ人生がないという若い人たちにとっていいと思う。とても素晴らしいゲーム上の技術や感覚を持っているんだけど、一般の学習をあまりやっていない、学校へ行っていない、そこから自己否定感を持っている子が多くいる。そのあたりはどう考えていますか?」という質問がありました。
畑田さんは、「ただゲームをやっていればいいというわけではないし、ハッカーの教育も技術を教えるだけでなく、その背後にあるネットワークの知識を学ぶには数学も必要になるので、子どもたちは問題意識をもって学ぶようになる」と言います。続けて、「難しいのは、保護者の方が、順調にハッカー教育が進んでいても、ただゲームやっているだけ、ただYoutTubeを見ているだけ、と見てしまう。学びとして良い方向に行っているんだよ、ということを評価していかなくてはいけない」と答えました。
3事業者の中間報告のプレゼンテーションの後に、登壇者全員でのディスカッションが行われました。ディスカッションの様子をレポートします。
浅野室長: 遊びから始まって、科学に入っていって、知識が派生していって、そこからアクティビティやパフォーマンスが改善されていく、という循環が、3つのプロジェクトで作れると思う。いい仕事をしていくために、何を知らなくてはいけないんだろう、と還っていくサイクルができていく。 福本さん: Rocketの子たちもそうだけど、「稼ぐ」というモチベーションは大事だと思う。稼ぐということは、人の信頼を買うということなので、信頼を買って何かを提供されるという役割をもらって、その役割のためにもっと自分を向上させなくてはならない。役割の中で自分を上げていくために学んでいくのは、大きな動機づけになる。 畑田さん: デジタルハーツでは、ペネトレーションテストを民間企業向けにしている。お客さんに喜んでもらうことで、お金をもらえるサービス業。働くことから学ぶことへ還元される効果は大きい。 苫野先生: 学びの連続性と倫理観、正義感の観点はリンクすると思う。倫理は関係性の問題。哲学用語では関係のエロスといいます。関係から喜びを得るということ。関係のエロスが、我々の倫理観を醸成する。 印象的でおもしろいのは、ハッカーの異才は多くの人が承認するものだが、普段はゲームばかりやっていて学校生活のなかではなかなか承認を得られない。だとしても、自分のプロジェクトや活動が多くの人から承認されるようになってくる。そうした多様な人たちが出会う場がたくさん用意されていくと、「この人すごいな」「自分がやっていることがこうやって喜んでもらえるんだな」というのを、いろいろな人との出会いから得られる場ができてくる。そこで、正義感や倫理観が醸成されていく。そうしたループが作られていくと思う。 浅野室長: 土佐町のi.Dareを見に行って印象的だったのは、瀬戸さんが毎朝のチェックインで、「私の自由とあなたの自由は違うよね」と子どもたちに伝えていたこと。 瀬戸さん: 自由の話をチェックインでするときに「私たちの自由を最大化しましょう」と話している。自由を語っているときに、「自由」を定義したくなってしまうが、この場での「自由」と、オンライン上での「自由」と学校での「自由」は形が違う。自由の形が変わっていく、変わり続けていく。自由の形が持続的に変わり続けるんだ、という体験をした子どもたちは、学校に入ってくると、体系化されすぎたものを少し壊していく。 「システムは作った瞬間から古くなるので、システム化しないシステムで動こう」といつも言っている。壊すところまで制度を作ることのパッケージにすると、常に構築し続けることができるようになる。壊すのを前提にして、壊すのをゴールにしてやっていくのが重要だと思う。 奥地先生: いまの体系を壊す話で言うと、東京シューレでは、先生と生徒の垣根がなくなる場面を見ることがある。最先端技術ということだと誰かから教わるというイメージがありますが、先生と生徒の垣根がとれて、知りたいこと学びたいこと作りたいことをどんどんやっていく可能性があると思う。 福本さん: Rocketの子どもたちも、もう大人で教えられません。子どもたちが同じ領域・狭い領域で競い合って本気でやり合うとまとまらない。まとまらないけど、「あなたがいたからここまで言えた」というのがある。そのカオスの場があることが大事で、そこで徹底的にやり合える人がいることが、信頼を作っていく。すぐにはわからないが、「あの場は貴重だった」とわかるようになる。ここまで本気になれる人がいるということが、財産だし、幸せだということがわかる。 畑田さん: デジタルハーツも、ゲームに遊んでいるのではなくて、ゲームを積極的に遊んでいる。ただ遊んでいるのではなく、ゲームのルールを計算して楽しんでいる。ただゲームをクリアして遊ぶんではなく、自分でルールを作って遊ぶ。おかしい人達がたくさんいる場所だと、生き生きとできる。ルールの中で遊ぶのではなく、積極的に遊びにいけるか。そこが分かれるところ。自分もやっていいんだ、と学びが誘発されていく。 福本さん: ゴールを決めないことで、カオスになる。カオスになると、個人のエッジがたつ。エッジがたてばたつほど、「あなたが必要だ」と一目置かれる状況とか必要性が、その場で見いだされていく。その接点が合わさっていくと、コミュニティとして信頼関係のある場ができてくる。 瀬戸さん: 承認を受けるようになると、欲求も高まってくるけれど、そこに疲れるというのもあるので、タイムアウト(ブレイク)がとれる余白が各事業の外側にあると、擦り切れない。そこに飛び込める子と飛び込めない子がいて、そこに飛び込めない子のためにタイムアウトがあればいい。 奥地先生: 学びの個別最適化においては、「誰一人とめおかない」というのが、「最先端の技術を使ってやっていくぞ」と合わさっていけいけどんどんに映る。それを望まない生徒、飛び込めない生徒、ゆっくりしたい、誰からの刺激も受けたくない、そうした人たちも含んでいるよ、というのを発信してほしい。 浅野室長: 「だれひとり取り残さない、No one left behind.」を世界中の人が言っているからこそ一言入れたが、「取り残さない」というだけでなく、「自由に解き放とう」ということ。自分の学びのペースは自分で創るのだ、ということ。 畑田さん: 異才発掘は、天才を見つけたいというのではない。天才という数直線上の評価をするのが違う。危ういんだけど、居場所を作ってあげれば輝ける人がいる。そうした人の居場所を創る、一人ひとりが違う。それぞれの人の場所を作っていくことだと思う。 苫野先生: このセッションでは、自由はひとつのキーワードだった。よく「自由な教育」というけれど、「自由になるための教育」と考えた方がいい。 自由な教育は、いけいけどんどんだけになりがちだけど、自由になるための教育だったら、人それぞれにペースがあって、休むこともできたりする。そこが本質。自由になるためには、ルソーは、ある程度、よく規制された自由、というが、自由を行使できる経験、お互いの自由を認め合う経験をたくさんしないと自由になることができない。あれしなさいこれしなさい、あれをするなこれをするな、と言われているのではだめ。自由を行使しあい、認め合いながら自由になっていく。そうした教育環境はどういうものなのか、という実例が出てきた、ということだと思います。 |
※本中間報告会の模様は、下記の「未来の教室」公式YouTubeにてご覧いただけます。
執筆者:為田裕行(ためだひろゆき)
フューチャーインスティテュート株式会社 代表取締役、教育ICTリサーチ(https://blog.ict-in-education.jp)主宰。学校向けの教育コンサルテーション、教育テレビ番組や教材、サービスなどの教育監修を行っている。一般社団法人ICT CONNECT 21( https://ictconnect21.jp/ )にてEdTech推進SWGサブリーダーを務める。