「未来の教室」オンラインキャラバンの7回目となる「ONGフォーラム「CONNECTED – つながる」~STEAMでつながる点から線へ、そして面へ~」が、2020年10月18日(日)に開催されました。東京大学 生産技術研究所 次世代育成オフィス(Office for the Next Generation、以下ONG)との共催で、産官学の連携によるSTEAM教育の事例を共有しながら、その可能性を探りました。
冒頭では、ONGより東京大学生産技術研究所 所長の岸利治氏と、東京大学大学院情報学環/生産技術研究所の大島まり氏が、その活動目的を紹介しました。ONGは企業の技術力と学校現場をつなぎ学びのSTEAM化を行っています。連携の具体例は、株式会社関水金属から取締役開発部長 山瑞進一氏と、JX金属株式会社からESG推進部ESG推進担当課長 野田麻由氏が登壇して紹介しました。
経済産業省サービス政策課長(兼)教育産業室長の浅野大介氏は、新しい時代の人材像について、OECDの「Education 2030」から次の3つのキーワードを示しました。
1. 新たな価値の創造力
2. ジレンマを克服する力
3. リスクと責任をとる力
現在の教育がこれらの力を育てられていないことをふまえ、「大学に受かるように、企業に採用してもらえるように、という考えで教育をするのではなく、これからは社会そのものを自分の力で変えに行く人達が求められています」と浅野氏。新しい人材像の育成には、「学びのSTEAM化」と「学びの個別最適化」が鍵になり、教育の質を変革する必要があると問題提起します。
これを受け、文部科学省 初等中等教育局 教育課程課 教育課程企画室長の板倉寛氏は、STEAM教育が実社会につながる課題を解決することに注目。学習指導要領の記述を紹介しながら、STEAM教育が、教科等を横断した視点に立った資質・能力の育成、特に問題発見・解決能力の育成に直結すると解説しました。
実際のSTEAM教育の状況と展望については、山形県教育センター 指導主事の熊坂克氏が発表します。熊坂氏は2年前まで山形県立米沢興譲館高等学校の教諭として理科(生物)を担当。同校はSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の重点校でありその推進を担ってきました。「異分野融合サイエンス」を掲げ、「工学と医療」、「人間社会とロボット」、「社会と化学」「アートを科学」などの教科横断的な切り口で、様々な大学、研究機関、企業と連携。科学を身近に感じたり、最先端の科学に触れたりできるような学びを設計しています。
現在指導主事になって見えてきたことのひとつが、SSHの指定校と同様の環境を他の学校では簡単に実現できないということ。例えばDNAの解析実験ができる機器は高額で、指定校でない限り簡単にはそろえられません。
そこで熊坂氏は、他の教科の指導主事に声をかけ各科の技術と知識を集結して、4万円以上する実験機器と同様の装置を1,000円以下で作り上げてしまいました。希望する学校で装置を自作できるように研修を行う予定です。
現場の困り感やニーズを把握した上で、このように異なる専門領域を持つ指導主事同士が連携し、さらに外部の専門機関を巻き込むことで、教科横断的なSTEAMの学びを設計できると熊坂氏は見通します。それを研修の形で学校教育現場に広げることで裾野を広げていく考えです。
学習指導要領で重視されている「主体的・対話的な学び」はSTEAMの学びでも重要です。熊坂氏はコロナ禍での学びの可能性として、ICTを活用して休校中でもできる協働学習を提案しました。東京大学が提唱する「知識構成型ジグソー法」という協調学習の手法を、ビデオ会議システムのzoomを活用して行うというものです。
「知識構成型ジグソー法」では、複数のグループ活動を経て全体での発表を行う必要がありますが、zoomのブレイクアウトルームや画面共有、ホワイトボード機能などを活用して各活動ステップを行えることを示しました。テーマは身近な歴史や文化の話題を切り口に、複数の科学的な原理を学び取れるように設計しています。
全県指導主事研究協議会で発表したところ好評でしたが、一方で、ICTの活用が苦手な先生へのサポートの必要性も課題としてあがったとのこと。技術的な課題感を伴うのがまだ現場の実態だということです。
熊坂氏は、教員として「異分野融合サイエンス」の協働学習を実践してきた中で、生徒から次のような感想を受け取ったことを紹介しました。
「先生の授業はグループワークが多く、人に教えることで内容の定着がはかどりました」
「受け身の授業ではなく、自分たちから学ぶ形式であったため、力が身に付いたのだと思います」
これらの感想からは、生徒たちにとって協働学習が「主体的・対話的な学び」となり、知識や力の定着になったことが伝わってきます。
熊坂氏の発表を受け、浅野氏は、「各教科の先生が『教科の本質』ということにこだわりその内側に閉じこもってしまいがちです。そうではなく、『教科の本質』を寄せ集めて社会の課題を解く学びに変えていくには何が必要でしょうか」と問いました。
熊坂氏は、「授業というのは学校の中で完結してしまうので、外とつながる機会がないんです」と話し、先生自身が学校の外に出て、授業設計の視点を変えられるような研修が有効だと答えます。複数の領域がつながり社会課題を解決するような視点を持つためです。
最初は乗り気ではない先生でも、実際に教科横断的なSTEAMの授業を行ってみると、生徒たちが楽しそうな表情を見せるので、その姿を見て考えが変わるそうです。また、学校外の人とつながると、先生自身の専門性にもプラスの影響があることに気づくといいます。
STEAMの普及には、社会的な認知度とニーズの向上、先生自身の学びの機会が大切だと熊坂氏は結びました。
生徒も先生も「ワクワク」する学びを
続いて、熊本県立熊本高等学校 教諭で理科(化学)を担当する早野仁朗氏が、学校の学びを変える取り組みについて発表しました。熊本高等学校はWWL(ワールド・ワイド・ラーニング)コンソーシアムの拠点校であり、早野氏は主査としてその推進を担っています。
同校は地域の進学校で自由な校風。受験勉強の影響で学習が表面的になりやすく、成績が劣等感につながるような傾向があります。これを課題と捉え、現在では生徒にとっても先生にとっても「ワクワク」するような学びの設計に取り組んでいます。
大学や研究機関、企業との連携を積極的に行い、生徒が学校の外とつながる学習活動を行ったり、知識ベースの学習内容は動画化してオンライン視聴可能にするなどの変革が進んでいます。もともと同校のICT整備は遅れていたものの、新型コロナによる休校を機にWi-Fi環境を急ぎ整えPCやオンライン手段を積極活用したことが変化を後押ししました。
新しい学びの例として、SDGsをテーマにした地域の課題解決につながる探求学習が紹介され、同活動を支援している株式会社リバネスの教育総合研究センター センター長 前田里美氏が、同社の視点や取り組みについて補足しました。
質疑応答では、視聴中の高校生から寄せられた「対話的主体的な学びの学習は決められた時間で答えが出ないことが多く、もやもやしたまま進むことが多い」という声が取り上げられました。
早野氏は「思考していること自体が大切で、答えに行き着く方法は複数あり、答えに行き着かなかったとしてもその過程が大事です。もやもやが残るというのは知りたいという欲求が残るということで、大切なことですね」と、もやもやの存在を肯定します。
浅野氏は現実の仕事を例に「毎日もやもやしています。批判もされます。もやもやが消えないまま、ジレンマをかかえながら継続的に考えていくしかけが学校教育でもできないでしょうか」と問います。まさに最初に新しい人材像として示された「ジレンマを克服する力」と重なります。早野氏は学校現場の多忙な実情をあげ、生徒にとっても先生にとっても、まずゆとりのある時間を持つことが、自分で考える新しい学びには必須であることを示唆しました。
全体のモデレーターは東京大学生産技術研究所・准教授の川越至桜氏が務め、STEAM教育の可能性とその裾野を広げるための課題が見える時間となりました。
※ONGフォーラムの模様は、下記の「未来の教室」公式YouTubeにてご覧いただけます。
執筆者:狩野さやか(かのうさやか)
株式会社Studio947(https://studio947.net)のライター、デザイナー。技術書籍や記事の執筆、ウェブデザインに携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」(https://ict-toolbox.com)を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。